フィリピン政府は農業全体のデジタル化を推進している。農産物流通の現場には伝統的な取引が多く残っているが、行政のリーダーシップの下、流通改革の利益をステークホルダー間で共有し、合意形成に至るかに注目したい。
新設された農業省農水産物流局の取り組みに注目
フィリピンの青果市場の規模は2024年に51億米ドルに達し、2033年までに94億米ドルへと成長、2025年から2033年にかけて年平均成長率6.90%で推移すると予測されている ※1。しかし、卸売市場には依然としてアナログな取引が多く、価格の不透明性や物流の非効率性が課題である。物流面では、卸売市場へのアクセス道路の渋滞や、トラックの待機時間の長期化、物流ネットワークの未整備により輸送コストが高騰するケースも多い。また、コールドチェーンが未整備であることから青果物の品質劣化が進行する問題も指摘されている。
このような課題を解決すべく、2025年1月、農業省は農水産物流局を新設し、農産物の流通をリアルタイムで追跡するシステムの導入、コールドチェーン施設などのインフラ整備、AIを活用したスマート物流の導入などに取り組んでいる。



先行事例としての東京都大田市場
大田市場は、日本最大級の青果市場としてデジタル化を推進してきた。その取り組みの過程には、フィリピンにおける青果物流通のDX推進において参考となる点が多く含まれている。
同市場では、卸売業者や仲卸業者が出荷・仕入情報の管理や伝票処理にシステムを導入し、東京都も段階的に業務のデジタル化を進めてきた。現在では、東京都が市場内の施設管理にデジタル技術を活用しているほか、DX推進支援事業を通じて市場関係者のデジタル化も支援している。
電子取引システムは、卸売市場における青果の取引をオンライン化し、価格情報をリアルタイムで公開することで、取引の透明性を高めている。また、モバイルアプリを活用することで、仕入業者はスマートフォンから入荷情報や価格を確認でき、AIによる価格動向の予測も需給調整の参考情報として活用されている。スマート物流の取り組みとしては、トラック予約システムの導入により、青果搬入時の待機時間を短縮し、渋滞の緩和を実現している。さらに、スマート物流とコールドチェーンの融合によって流通効率が飛躍的に向上し、品質を維持したまま広域流通が可能となっている。

トラック予約システムを導入し、青果搬入時の待機時間を短縮、渋滞を緩和

スマート物流とコールドチェーンの融合により品質を維持したまま広域流通が実現
日本企業のビジネスチャンス
フィリピンの青果市場では、デジタル化はまだ本格的に進んでおらず、競合も比較的少ない。電子取引やスマート物流に強みを持つ日本企業が現地企業と連携して行政機関や卸売業者に働きかけ、青果市場のデジタル化をリードすることで、先行者利益を得るチャンスは大きい。
その第一歩として、フィージビリティスタディ(実現可能性調査)から始めるのが現実的である。日本政府は、デジタル技術の海外展開を支援する補助制度を設けており、これを活用して市場調査や小規模な実証事業を特定地域で行うことが望ましい。
なお、フィリピン政府も青果物流のデジタル化を政策的に推進しているため、公設市場での調査・実証には政府の理解や協力が得やすいと考えられる。
※1. Philippines Fruits & Vegetable Market Size Report 2025-2033(https://www.imarcgroup.com/philippines-fruits-vegetables-market)
(文責:ビジネスコンサルティング事業部 フィリピン・フードバリューチーム)